人名
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注記 |
雑誌 |
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ツィンマーマン, マックス |
海軍歩兵隊卒 第6中隊 海軍歩兵第3大隊 |
注記
War im Arbeitsausschuß des Zweckverbands Bandô tätig (vgl. T.T.B. vom 12.06.1919, No. 56).
以下の伝記データは、高知大学・ 瀬戸武彦教授のデータに基づくものです。
海軍歩兵第3大隊第6中隊・2等歩兵。
本名はヤン・パホルチックでポーランド人。「ロシア領ポーランドのガリチアの出身。22歳の時スターコンチノクの歩兵第45連隊に入隊するが1ヶ月後に脱走する。その後フランスのパリで約一年間指物師の修業をする。再びロシアに戻り、シベリア、トルキスタン、満州を経て中国を放浪する。1914年夏、青島に来た。病気と貧困に耐えられず、ちょうど募集中の青島守備軍に国籍、居住地を偽って入隊する。病気のため衛戍病院送りとなり後方勤務となるが、青島陥落で俘虜となり日本に送られた」【『「第九」の里 ドイツ村』134頁より】板東では後に、成就院分置所に隔離収容された。
(4116:大阪→丸亀→板東)
雑誌 1919年06月12日: 日刊電報通信
1919年02月12日: 日刊電報通信
1919年02月14日: 日刊電報通信
1919年07月22日: 日刊電報通信
1919年11月11日: 日刊電報通信
1919年11月14日: 日刊電報通信
1919年11月15日: 日刊電報通信
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