Verpflegung

水晶宮

 
 

「光線・薬湯浴場サニタス」は初め、下の池の水晶宮のある場所にあった。ここには浴槽、シャワー、横臥式蒸し風呂、熱風浴、半身浴、全身マッサージ、局所マッサージ、ブラシを使った全身マッサージ、局所熱風浴、などの施設があった。さらに休憩室も設けられてあり、そこのメニューには肉汁スープ、ローストビーフのマヨネーズソースがけとイタリアンサラダ、フィレ肉のビフテキにマヨネーズ入りポテトサラダ、サンドイッチ、といった料理が並んでいた(1)。しかしながらこの浴場は1918年1月28日の火事で焼失してしまった(2)

その同じ場所に改めて建てられたのが水晶宮とビリヤード場である。水晶宮は、その広告のなかで「当地最高級のレストラン」を自称し、「最高の品質のビールだけを提供」するとしている(3)。残念なことに、どのような食事が供せられていたのかについてこれ以上の情報は、収容所新聞には掲載されていない。

 
 
 
 
 
 

(1) T.T.B. Bd. 2, 1. November 1917, S. [3]
(2) Die Baracke, Bd. 1, No. 21, 17. Februar 1918, S. 19 = 467
(3) Fremdenführer durch das Kriegsgefangenenlager Bando, Japan. 1918, S. 14