Ausstellung für Bildkunst und Handfertigkeit in Zitaten

生活用品

 
 

菓子屋「ゲーバ」のお菓子の家. 鳴門市ドイツ館所蔵の写真:ネガ番号 52-31

 

えんどう豆 ・ささげ・ヌードルのスープなどをくり返し食べてまもなく3年半になる収容所生活の中では、われわれすべては多かれ少なかれ唯物論者になっている。したがって、Quグループに特別の関心が寄せられるのも当然である。
「ゲーバ」の展示 (Quグループ、第1位)は、子どもの夢の実現のような気にさせる。そこにあるのは、われわれが子どものころ憧れたような胡椒入りのお菓子で作った家で、屋根には巧みに砂糖で形どったコウノトリの巣があり、同じく砂糖だけでできた垣根もついている。この家同様にすばらしく、飾り付きのバウムクーヘン、ドイツのウエディングケーキ、さまざまなトルテが作られている。
これらすべてを懐具合というもっともな理由で、目でしか楽しめないというのは残念なことである。というのも目で楽しむのは、一つ一つの展示としてのすばらしさを味わうという点でも、外観全体をみるという点でも芸術的趣味にかなった企画だからであり、こうした企画はきっと、ここのどの部門の展示でも目につくことだろう。
さまざまな食肉店(第2位、将校用食肉店。ベルクマン2等海兵とその助手の収容所食肉店も第2位、 ハンナスキィ2等海砲兵のは奨励賞)と調理師の一人(奨励賞、エッカルト副曹長)が出品した食肉加工品は、思わず知らずご馳走に囲まれて暮らす「逸楽郷」を思い出させる。このようなたっぷり飾られた離乳前の子豚、子豚、豚の頭、ぺースト、鉄十字勲章のついた肉とつかない肉の煮こごり、大きなソーセージなどを見ていると、昼も夜もいつも変わることなく出てくる貧弱なスープ(これからもどれだけ続くのか)を思い出し、胃に怪しげなうなりが生じ、憂鬱になる危険性がある。あちこちから、「さあ、どんどん進んでよ。さもないともっとお腹が空いてくる」という要求が聞こえてくる。無理もない提案に従い、「その他」のグループに進もう。

 
 

『ディ・バラッケ』第1巻第25号1918年3月17日p.324-346からの抜粋