人名
| 注記 | 雑誌 |

ドイッチュマン, アドルフ

築城少尉 築城部

注記 

Zuständig für Wegebau im Lager Bandō, Beginn April 1917. Brückenbau bei Oasa-Tempel (September 1917) (vgl. „Die Baracke“ No. 10 vom 2. Dezember 1917).
Schrieb das Gedicht „Regentagsstimmung“ (vgl. „Die Baracke“ No. 23 vom 3.März 1918).

以下の伝記データは、高知大学・ 瀬戸武彦教授のデータに基づくものです。 

築城部・陸軍工兵少尉。
板東時代、スペイン風邪等で死んだ9名のための墓碑、並びに収容所近くの大麻比古神社境内の小川に架けられた「ドイツ橋」の設計をした。
(2833:松山→板東)

雑誌 

1919年06月22日: 日刊電報通信

1919年6月22日 第66号  (第7巻 vol.3 1919年6月1日~1919年8月31日)

1917年12月02日: ディ・バラッケ。板東俘虜収容所新聞

第10号 1917年12月2日  (第1巻 1917年10月~1918年3月:第1号 1917年9月30日~第26号 1918年3月24日)

1918年03月03日: ディ・バラッケ。板東俘虜収容所新聞

第23号 1918年3月3日  (第1巻 1917年10月~1918年3月:第1号 1917年9月30日~第26号 1918年3月24日)

1918年05月19日: ディ・バラッケ。板東俘虜収容所新聞

第8 (34)号 1918年聖霊降臨日曜日  (第2巻 1918年4月~1918年9月:第1 (27)号 1918年3月31日~第27号 1918年9月29日)

1918年06月02日: ディ・バラッケ。板東俘虜収容所新聞

第10 (36)号 1918年6月2日  (第2巻 1918年4月~1918年9月:第1 (27)号 1918年3月31日~第27号 1918年9月29日)

1918年09月15日: ディ・バラッケ。板東俘虜収容所新聞

第25 (51)号 1918年9月15日  (第2巻 1918年4月~1918年9月:第1 (27)号 1918年3月31日~第27号 1918年9月29日)

1919年08月27日: 日刊電報通信

1919年8月27日 第129号  (第7巻 vol.3 1919年6月1日~1919年8月31日)