人名
| 雑誌 |

ハス, グスタフ

海軍中佐 Kommandeur der Landfront 膠州海軍砲兵大隊

以下の伝記データは、高知大学・ 瀬戸武彦教授のデータに基づくものです。 

海軍膠州派遣砲兵大隊長・海軍中佐。
〔海正面堡塁指揮官〕。
1917年1月31日、上海滞在中のクルーゼン元青島高等判事に宛てて大阪収容所から手紙を出した。その内容は、収容所での給与に関する事であった。将校は日本の将校と同額の給与、つまり少尉は40円、中尉は54円75銭を受けているが、少なくとも75円は必要というのがハスの見解であった。その内訳としては、食事代に35円、下士卒手当てに3円、肌着5円、暖房及び入浴設備代3円、靴修繕費5円、衣服10円、医療衛生費3円、新聞書籍費6円。ただ比較のために挙げると、東京の兵器廠に務める役人は1日10時間勤務で月額40円から44円である、との報告をしている。【Bauer,Wolfgang:Tsingtau 1914 bis 1931,50頁】大戦終結してドイツに帰国後、『青島攻防戦における海正面堡塁の活動』の報告書を書いた。
(4525:大阪→似島)

雑誌 

1919年10月11日: 日刊電報通信

1919年10月11日 第170号  (第8巻 vol.3 1919年9月1日~1919年11月29日)