板東収容所のバーチャル・ツアー
バーチャル・ツアーのスタート:収容所の概観図
ここでは板東俘虜収容所の施設を一巡してみることにしよう。主として依拠した資料は、ヤコービーによって描かれた収容所の地図(1919年4月1日現在のもの。DIJ-Signatur D 3)と、『日本・板東俘虜収容所案内Fremdenführer durch das Kriegsgefangenenlager Bando, Japan』(DIJ-Signatur B 04)である。このうち後者は、1918年8月に久留米から板東に移送された捕虜たちが到着した際に収容所印刷所が作成し、新しく到着した捕虜たちにプレゼントとして贈られたものである。出版の費用は掲載された広告によりまかなわれた(1)。ヤコービーの地図はもともと収容所当局の委託により作成されたものを収容者たちの利用に供するために小さな縮尺で作り直したものである。印刷は収容所内の石版印刷所で行われ、捕虜たちはこの地図を自分で購入し、収容所外部に郵送することもできた(2)。以下の記述には、このほかに収容所内で発行されていた新聞『ディ・バラッケDie Baracke』(DIJ-Signatur A 2)と『日刊電報通信Täglicher Telegrammdienst Bando』(T.T.B. と略記。DIJ-Signatur A 1)、および『板東収容所案内記[ママ、正誤:アドレスブック] 1917/18年Adressbuch für das Lager Bando 1917/8』(DIJ-Signatur B 12)を参照している。
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